劇団河童座とともに46年


劇団河童座 主宰

横田 和弘 さん(23期)

 

 河童座は66年前の1951(昭和26)年に設立された演劇集団です。当時市内の高校の演劇部出身者が中心となり、劇団を設立し横中32期の横田弘行さんが主宰者となりました。横田さんのお父様です。横田さんは脚本家、演出家、公演の制作者、劇団の運営、さらに神奈川県演劇連盟の理事長など多彩な役割を担っています。現在、河童座は米が浜通りに自分達の稽古場を持ち「子供から大人まで楽しめる劇」「創る側も、観る側も、共にわかる芝居」をモットーに、累積公演回数は地方劇団で全国一位の227回を誇っています。

○‘そうよね・・子供よね・・‘

 第227回公演は昨年12月に作・演出横田さんで「わしゃ喰っちょらん!」を行いました。これは「痴呆老人を抱えた家族」をテーマとした劇で、元校長先生の痴呆老人を嫁や孫が世話し振り回される、笑って泣ける舞台です。出演者は80歳を超えた方から若い10代の団員達で、観客も小学生からお年寄りまでと、河童座らしい公演でした。 この「わしゃ喰っちょらん!」は24年前に横田さんが書いた作品で、5回も観に来てくれる人が居るようです。「自分で書いていて言いにくいのですが、嫁さんが言っている‘そうよね・・子供よね・・‘以下の台詞が好きだ」と公演のパンフレットに書いております。

○初めての演出は高校3年生

 横田さんは母校ではサッカー部に属し高3のインターハイ予選が終った夏に大学受験の前にもかかわらず河童座の演出をやりました。初めてにしては上出来と褒められましたが、自分としては満足できず悔しい思いが残りました。でもこの時演劇の面白さを知りました。 大学に入り演劇を観、東京の仲間とは演劇論を熱く語り、横須賀では河童座の演出も続け演劇一筋の生活になりました。当時まだ前衛的なアングラ劇や政治色の強い劇などが流行っていました。それと比べ河童座の方は地味で素朴です。しかし喜んでくれる観客がいて演劇の本質では河童座の方が勝っていると思いこちらに力を注ぐようになりました。 河童座では年上のベテラン団員に演出家として指示を出す訳ですが、ちょっと変わった演出をすると相手もそう易々と受け入れてくれません。そこで必死で理論武装をしたり、負けない演出プランを作り上げたり・・・想えばそんな先輩たちに鍛えられ、今の自分があると思うとのことでした。

○100本を超える脚本・脚色

 初めてのオリジナル脚本は「一本国物語」で30歳の時に書きました。これは「状況が変われば価値感も常識も変わる」をテーマに書いた作品です。今年の5月には「今」を取り入れ再構成した「平成一本国物語」を公演します。今までに書いた脚本や脚色は100本を超えております。先の「わしゃ喰っちょらん!」、戦時中の動物園の象の話「エレファント号出発!」、オウム真理教事件に絡めた「セピア色のカラス」、ホームレス問題を扱った「白色のカラス」幕末時の「黒船がやってきた」などは自分で涙するのを抑えながら書いていたとのことでした。

○「いじめ」をテーマに書きたい

 地元横須賀をテーマにした作品は、昨年8月に市民ミュージカル「ナミとチャル~文明開化は横須賀から始まった!~」、2011年に横浜山下町にできた神奈川芸術劇場の一連のオープニング公演での「黒船がやってきた」、2015年に今の「よこすか芸術劇場」の地にあった米軍の「EMクラブ」をテーマにした「闇と光の間を生き抜いた人々‘EMクラブ‘」などがあります。 来年は再度神奈川芸術劇場で「ごんぎつね」を基にした脚本を書き公演する予定です。脚本は「命」や「戦争」「福祉・介護」などをテーマの作品が多く、なかなか書きにくい話ですが、いつか「いじめ」をテーマに書きたいとのことです。


○興味あることをする

 横田さんは高校時代を振り返り、部活とともにやりたいことをやっていた所謂「蛮から」であったと語ります。この青春謳歌が60代となった今も続いているようです。 ということで高校生へのメッセージは「勉強やバイトは程々にして、色々な興味あること、若い時にしかできない馬鹿な遊びなどもして欲しい」とのアドバイスを頂戴しました。 今も青春と語る横田さんの楽しげな表情が魅力的です。これからも面白い演劇を見せて頂けることを期待しております。(19期 折居 孝記)

<略歴>
1971年県立横須賀高校卒業。1976年上智大学新聞学科卒業。 現在、劇団河童座主宰、神奈川県演劇連盟理事長

<河童座公演予定>
   第228回公演「平成一本国物語」(予定)
    5月13・14日 県立青少年センター
    5月20・21日 横須賀市立青少年会館